2011/11/12 | 投稿者: kyouki

自分の存在とは何か

アイデンティティーとは

私の思想の行き着く先





前書き

私が狂気と申すのは、この頑冥な思想が成り立つが故に、
自分の存在が分からなくなったことにあります。

そして様々なことに疑問を投げかけるのです。
普通の生活が一変します。




我、人に非ずして人に問う
存在の意味とは何也や?
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2011/10/2 | 投稿者: kyouki

善 対 悪 の戦場であるよりは、むしろ無数の主観的な<<善>>がーーそれぞれの信じるものがぶつかり合うのがこの世界だから、それゆえ人間の争いは一向に激しく、残酷で終わりがない……
―(シャリオ・ディ・メルクール)


果たして、キリストは救世主だったのか?
そう疑いたくなります


信じるものがあり、それに反するものは排除する…
まさに、弱肉強食、暴力蔓延(はびこ)る世界と何ら変わらない…!




それに比べて譲歩の精神というものは、協調性に富み、争いという精神がなくなるのでは?
人間が皆が皆もてば、それこそ素晴らしいのではないか…

いや、違う


これが私の「信じる」ものではないか…
暴力の種ではないか…!
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2011/9/26 | 投稿者: kyouki



「人」という字は
互いが互いを支え合って成り立つ。


ならば
孤立した人間は「人」でなしか?














倒れれば、地に還る。
そして地上と一体となる。




支えを強化しなければ、
それはただの虚栄です。

そうでなければ、畢竟、
生きとし生けるもの全てに踏み躙(にじ)られる存在になります。



逆に強化するならば、
森羅万象を凌駕(りょうが)出来るようになります。

家族、地方、国家・・・
全ては人の支え合いで巨大な力となっています。












良くも、悪くも、
人とは群れる生き物であり、
他の生物より強大な力を手に出来るらしい。




故に、
人は人に束縛されて生きなければならない。
仮初の関係でも作らなければ、
「虫けら」同然に死んでしまうのではないか。
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2011/9/5 | 投稿者: kyouki

悪趣味な遊び

ずれてたらごめんなさい
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2011/8/7 | 投稿者: MAX


疑心暗鬼というものは、本当に厄介な代物です

なんせ何でもかんでも信じられるものがなくなるのだから




では、何故に疑心暗鬼は起こるのか?




この問いは至極単純な答えとなります



見ずにはいられまい?
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