2007/2/28  20:17

AVIGO 2007  サッカーねた

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 先週届いたのは今年のアビスパファンクラブの記念品。バスタオルだ。とてもじゃないけど、もったいなくて風呂上りの体など拭けないわ。おっちゃんの方をひとまず使おうかと思って。J2やけんどうするー…と言いつつ今年も入会しちゃったよ。年会費は3000円で、SA席の観戦チケット二枚がついており(当日一般3000円の席)元はとるけん、ぜひどうぞ。こちらから入会手続きができるよ。

 J1一炊の夢ってわけで、今年はまたJ2で雑巾がけの一年を過ごさねばならん。こんな調子でいつまでもJ1とJ2を行ったり来たりするんやろうか。トリニータ大分やら新潟アルビレックスがうらやましいこと。リトバルスキー監督にはガンガンいって欲しいところだ。

 J1であれほどこき下ろしておったおっちゃんだがJ2降格の今年はその毒舌ぶりに拍車がかかることは火を見るよりも明らかである。聞いとる耳が怖いほどの批評が交錯するに違いないが、これはおっちゃんなりの愛情表現であろう。

   頑張れ アビスパ!!!    

2007/2/27  18:22

79回アカデミー賞  映画の話

 クリックすると元のサイズで表示します 二軒お隣にいただいたお野菜。里帰りのお土産。採れたてで美味。

 昨日は私にしては珍しく午前中から5時間テレビつけっぱなし。アカデミー賞の授賞式やもん。ゴソゴソと片付けごとをしながらの上に、字幕はまだなく同時通訳のみなので分からんことも多々。でもたった今この時間に銀幕のスターやら監督やらがドキドキワクワクしとんのかと思うと、やめられない毎年恒例のお楽しみだ。賞が出るたびに休日の下娘にメールしちゃらないかんので忙しい。

 「ディパーテッド」が作品賞を受賞したが、「サンキュー」を連発したスコセッシ監督は同作品で脚色賞を受賞したウイリアム・モナハンが壇上に上がった時に目を真っ赤にして涙ぐんでいた姿も印象的である。ああ、レオ君とれないねえ。まだ若いから、まだ若いからと言われ続けてきた彼もええ年になってきたやんか。やけん、「タイタニック」か「アビエーター」で取らせておいちゃりゃ良かったに。でも頑張ってほしい。

 今回、環境問題にアカデミー賞協会も協力するという姿勢が何度もみてとれたが、まさか会場のトイレに手拭用の高級紙が山積みしてあるなんてこたあないやろね。でかいリムジンやなくて環境に優しいといわれる車で乗り付ける俳優達が結構いたけど、ただのポーズで終わりませんように。バカスカと使い捨ての好きなアメリカで<不都合な真実>が叫ばれることがいまいちピンとこんなあ。

 同時通訳のすごさは、本当に真っ直ぐに訳しちゃうってことだね。入場前のグレッグ・ギニア(やったと思う。リトル・ミス・サンシャインのパパ役)がインタビューを受けて、それを「…いやあ、昨日まで○○と暑いところでバカンスだったんだよ。彼の体臭がひどいので辟易したんだ。二度と彼と暑い国には行きたくないねえ…」と淡々と通訳してたのを大笑いしてしまった。○○はたぶん俳優仲間だよ。これ、今日の字幕版ではカットだろうなあ。

 この一年に亡くなった映画関係者のビデオが流れ、ジャック・ワイルドもいて寂しかったわね。そうそう、「小さな恋のメロディ」のさ。さっさと整骨医に転身しちゃったマーク・レスターと違って生涯を映画界と離れられなかったんだねえ。

 私の好きな「リトル・ミス・サンシャイン」からは助演男優賞としてアラン・アーキンが選ばれました。  

2007/2/25  20:08

ある日突然  日々のいろいろ

 壊れる日って突然よねー。掃除機がやっちゃいました。いや、一週間位前から、調子が悪いっちゃ悪かったんですな。 ウイ〜〜〜ン・ ウイ〜〜ン・ ウイン・…ぷっつりと切れる。ボンボンボンと蹴っ飛ばして掃除機虐待するとまた動き出す、を繰り返しておりましたが土曜日にウンともスンともいわなくなりました。

 10年選手だしなあ、と諦めて量販店に走ります。最近聞きかじりの<サイクロン>掃除機はどうじゃろか、と係りのおいちゃんを捕まえて質問。「まずデメリットからお話しますと、紙パックは不要なんですがこのフィルターをちゃんと掃除しないといけないので、紙パックの方が楽だったなあ、というお客様もいらっしゃいます。次にメリット…」と、おいちゃんはお話してくれてんのに、すでに私の頭の中は 楽なのは紙パック というのしか入ってこず、目はこれまで通りのタイプを探す。心の隅では、お高いサイクロン掃除機を諦める口実ができて良かったと喜ぶ自分がいるわけね。

 ってことで、普通〜のこれ。次こそはサイクロン。 クリックすると元のサイズで表示します

2007/2/23  19:48

よう来た  日々のいろいろ

 三階のN山さんから電話。「孫が生まれたけん見にきちゃってん」

 生後10日の赤ちゃんを抱っこするなんて久しぶり〜。いやー、落として壊しちゃったら生んで返すってわけにはいかないからさー、恐る恐るの抱っこになってしまうよ。

 「よう来たねえー」と自然と言ってしまってから、ああこの言い方って娘達が生まれた時に叔母が言ってくれてたセリフじゃねえ、と思い出す。あの頃の叔母と同じくらいの年になった今、<よう来た>という意味がよく分かる。赤ちゃんって、未来とかカミサンの国あたりからはるばる来てくれたような気がするんよね。

 クリックすると元のサイズで表示します よう来た、よう来た!ツバサ君、元気で大きくなあれ。

2007/2/22  20:30

パスポート  日々のいろいろ

 クリックすると元のサイズで表示します 高台寺ねねと秀吉の眠る霊屋.
左右に二人の木像が飾ってある.蒔絵が施されているそうなんやけど、照明はないのでよく見えず残念.
 

 上娘より電話。

 「ちょっとー、私のパスポート12月で切れとったがなー」


 「ひえー、それで堂々とサイパン行く気やったとかい?」

 上娘、2月の連休にサイパンに出かける予定でおったのだ。結局、チケットが取れず、旅行は中止になったんやけど。切れとるなんぞはこれっぽっちも思わず、友人に「はよ、パスポート取りいよ」などと助言しとったらしい。なんぼゴリゴリの上娘だとて切れたパスポートでは通れまい。

 小学校の参観日に初めて出かけた日のことを思い出す。図画の時間。せっせと隣の子の世話を焼く上娘の画用紙は真っ白。三つ子の魂百まで?

 念のため、下娘にも尋ねたら切れてるのを知ってるそうだ。二人とも、次の更新も5年にするんか?次こそは苗字が変わっとるかもしれんしねー。って5年前も言ってたんよねー。

2007/2/21  20:13

で、風邪その後  日々のいろいろ

 クリックすると元のサイズで表示します 広台寺のお庭.
桜が咲いたらきれいかろー.(右上)
 →広台寺は高台寺やろ、とのご指摘あり.H子ちゃんありがとう.

 風邪はどうよという書き込みやらメールやらありがとうございます。で、どうかっちゅうと9割がた治った模様っす。たまに軽く咳してるだけ。夜中は爆睡しとります。え、たぶん咳こんどらんと思う。

 市販の咳止め薬飲んでもいっちょん効かないので、隣の病院へ。もしかして咳喘息かもしれん、って先生が言うっちゃんね。あらあら…。驚き。咳喘息の特徴は

  ・咳止めの薬は効かない。
  ・夜中から早朝にかけて咳き込むことが多い。
  ・気管支喘息特有のヒューヒューゼーゼーはない。
  ・熱はあまり出ない。


 などらしいです。ちょっとドキドキ。全部当てはまるやん。きっかけは風邪のことも多いけど、いつまでもひどい咳がとれないなどという場合は一度病院へ行った方が良さそう。あまりに激しい咳き込みであばら骨が折れたりする例もあるそうだ。で、私は病院の薬が効いたよう。やれやれ。

2007/2/20  20:27

荷物かよ  思い出話

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 スニーカーソックスたらいう足首までの短いソックスを履いたらば、何だかスースーして冷えます。

 生協でお米を頼み損ねました。週末までは間があるし、買ってこにゃ。やっぱし、お米は重いなあ。スーパーの方が近くのお店よりも安いけんね。重い袋を提げてると思い出すことが。

 そーねー、10年も前でしょか。スーパーから帰る時に目の前に出されるはおっちゃんの手。ったく、おっちゃん照れ屋さん、手がつなぎたかったらそう言えばいいじゃーん。ほいっ。 

 「おわ〜〜〜、びっくりした。荷物や、荷物」

 けっ。手ぇ引っ込めんなよ。 

2007/2/19  22:38

いたらんメール  日々のいろいろ

 クリックすると元のサイズで表示します 南禅寺の欄間.作者は左甚五郎…さすが京都ね. 

 いたらんメールはあいかわらずだけど、今日のは最高峰かも。

 39歳のマユミです。このたび、思いがけず遠縁の者の莫大な遺産が入ることになりました。とても一人では使い切れないので、一緒に楽しく遊べる人を募集します。   以下アドレス

 すごいぞ、マユミ!ああ、私にも突然に現れないだろうか、莫大な遺産を残してくれる遠縁の者。いねーよ、そんなの。小公女セーラじゃあるまいし。いや、セーラの場合はパパやったね。

 日本赤十字かユニセフのホームページでも案内してあげたいくらいだ。

2007/2/18  20:15

帰省  思い出話

 クリックすると元のサイズで表示します 高台寺の竹林.背筋が伸びるよね.

 じーさんの三回忌ってことで広島に行ってきたよ。もう丸二年が過ぎるんやねえ。いつの間にやら時間は流れていくわ。

 私には後悔していることがあって、あちらに行こうとしている父と思い出話をしなかったこと。父は最期の一ヶ月をホスピスで過ごし、自分自身もいろんなことが分かっていたと思うのだけど、それでも思い出話やらしてしもたら、<あ、その時が近いんじゃの>と父が思いそうな気がしてできんやった。

 娘達の近況とか、帰ってきたばかりのアイダホの寒さとか、最近のおっちゃん語録とか、そんなことをベラベラベラベラと枕元で一人がしゃべり続けた。本当は、小学生の頃まで毎月買ってもらってた本のこととか、庭で砂遊びしてたら冬眠中のカエルを起こしてしまったこととか、半べそで逆上がりの練習をしたこととか、そんな父とのことをしゃべりたかったよ。

 でも、あちらに行ってしまった人たちは皆、いろ〜んなことが分かってると思う。思い出話は何十年か先じゃね。じーさん、私は元気です。泣いて笑って、あれこれ文句言いながらも、日々これ精進と丁寧に暮らそうとしとるけん、安心してくれ。

2007/2/15  20:10

旅立ち・後編  思い出話

 上娘は大学生の間までは家にいたので、そりゃもう母と娘の蜜月が…あるはずもなく4年間はあっという間で過ぎ去りました。上娘をご存知の方には分かっていただけると思いますが、この子はマグロなんです。<マグロって泳ぐのをやめると窒息しちゃうので一生高速で泳いでるんですよねー>まさにこれ。いつもいつもガサガサガサガサと何かをしてる。じっとしておくということのできない女なんです。だから、家に居たといっても実質は眠る間は家に居た、と言い換えねば。

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 髪の毛が上に上に伸びヒマワリのようだった頃。

 そんな上娘は下娘に遅れること一年、就職して最初の赴任地である大阪に出発ということに相成りました。こんな調子なので、出発の前の晩まで旅行・バイト・サークル・飲み会・etcと手帳は真っ黒の様子で、ゆっくりと電化製品や家具などを選ぶ間もなく現地突入となってしまい、T中市の町を爆走して、とりあえずのものを整えたもんでした。

 ま、こんな具合にドサクサしてたらしんみりする暇もなくっていいやーとグッタリ疲れた母。ほんでもって、新大阪の駅でお別れとなりました。

「ま、元気で頑張り〜」

「おお!」

 と、ヘラヘラ笑って手を振って改札を通る私。エスカレーターんとこで振り向いたら上娘がこれまで見たこともないくらいに深い深いお辞儀をしたんです。長い時間そうしてたんです。お年玉を渡した時も、どう考えても非は上娘にある喧嘩した時も、B'Zのチケット取りに協力してやった時も、こんなお辞儀なんかしたことなかったくせに。ギリギリで親を泣かすなよ。

 新幹線でやけくそで頬張った駅弁はしょっぱかったよなあ。  



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