2009/7/4
"Saturday, in the park, I think it was a 4th of July" その他のメディアから
いじめの構造
NHK BS2の「週刊ブックレビュー」で紹介された本です。
先日図書館の新書の棚で見て(わが市の図書館ですが、「文庫」「新書」の棚を分けるのはどうかと思うのですよね。テーマで一か所にまとめられていたほうが、わたしは探しやすいと思うけど。本の大きさとか考えると、並べるのに効率いいんだと思いますけど
でも、その棚には、酷似したタイトル、テーマの本がずらーーーっといくつも並んでいたのです。誰もが「いじめ」に対する答えを求めている、という表れでしょうか。以前にやっぱり同じようなタイトル、テーマの本を読んで、期待はずれだったことも思い出して、そのときは手を引っ込めたのでした。今、上の画像を得るため楽天で検索したら、まったく同じタイトルの本が新書でも何冊もあることがわかりました。もちろん、著者はそれぞれ違います。これでは何を読んだらいいかわからないよ
「週刊ブックレビュー」で紹介されていたこの1冊は、それでもかなり興味ひかれました。分野の異なる5人の出演者がそれぞれの言葉で、本書から得た考えを語っておられました。
こういう情報のために、オン・デマンドだけでなく、少々押し付けでもかまわないから、信頼できる(なにを信頼するか、も問題だけど)メディア発信というのは必要だと思うのです。ありがとう!
ムーラン
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2009/7/3
大きな木になれ その他のメディアから
発芽から3か月半、わたしのグリムスが大人の木になりました!! キャンドルナイツのイベントで、なんだかビミョーな画像 ^^; それもまた良し! うれし〜!! 地球のどこかに植林されて、大きな木になりますように。ありがとう!マイケル・ジャクソンが亡くなる40時間ほど前に撮影されたという、ロンドンで予定されていた公演のリハーサル映像を観ました。純粋に、カッコ良かったです。自分が歌やダンスの良し悪しを感じる感性がないということはよくわかっているので、「カッコ良い」と感じるのは彼がたった数日前急死したからだ、ということもわかるのです、悲しいことに。
それでも、彼が50歳になってやろうとしていたことを見て、カッコ良いと興奮した、それだけは疑いありません。多くの画家や音楽家や文豪の作品が死後も愛されることと、それは同じ事実だと思います。ありがとう。
ムーラン
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2009/7/2
泡立つティラミス!
友だちを誘って、前から食事してみた〜い
と思っていたフレンチレストランへ行きました。ティラミスがふんわり泡立っていました。わたしはイマドキ、ティラミス大好きでどこでもティラミスを選ぶのだけど、あんなティラミスは初めてでした。お肉も野菜もおいしかった
おしゃべりも楽しかった
ありがとう!
ムーラン
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ムーラン
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2009/7/1
誰の最善の利益
この施設のコンセプトは、「職員の都合の良い範囲で、子どもたちの最低限の健康と安全を守る」ということだから、所詮無理な相談だったのでしょう。ありがとう。
ムーラン
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ムーラン
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2009/6/30
作家の その他のメディアから
平野啓一郎さんのブログで、マイケル・ジャクソンについて書かれていました。平野さんが小学2年生のとき初めて買った「大人の音楽」のアルバムが、「スリラー」だった、しかもカセットテープで…ということで、「スリラー」のカセットテープの写真を撮影して掲載されてます。
その後成長の過程でハード・ロックが好きになったり、ジャズにはまったりしたけれど、それらの中にもマイケル・ジャクソン音楽のエッセンスが発見されて、その都度改めて聞きなおしておられた、と。
その上で、「81〜2年に、マイルスのカムバックと、ウィントン・マルサリスのデビュー、それにクインシーがマイケルと一緒に大成功を収めたという三つの出来事が重なったのは、ブラック・ミュージックの歴史の中で、ものすごく大きな意味を持っていたと思います。」と、作家(評論家?)平野啓一郎っぽいまとめ。ありがとう!
池澤夏樹さんのメルマガで、開高健著「輝ける闇」という、ベトナム戦争に従軍した経験を書いた小説を紹介いただきました。その池澤夏樹さんの紹介文からいくつか引用させてもらいます。
「静かに落ち着いて考えるのではなく、追い詰められて、ぎりぎりのところで必死になって考える。
でも答えはない。無意味な戦争に答えなんかないよ。
だけど、答えがないことを知るためにはそこまで行ってみなければならない。」
「ふつうの作家が十の形容詞から一つを選んで使うとすれば、開高健は三十くらい並べた中から最適の一つを選ぶ。」
「知的な処理能力をはるかに超える量の現実が押し寄せる。
その果てのあっぷあっぷがこの小説だ。
だからジャーナリズムの仕事を超えて小説になってしまった。
彼が得たのは情報ではなく心身の体験だった。」
引きすぎですか? 悲惨な戦争ほど極端なことではないけれど、今自分が置かれてる状況だって、知的な処理能力を超える、無意味な心身の体験だと思われるのです。ありがとう。
ムーラン

輝ける闇
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その後成長の過程でハード・ロックが好きになったり、ジャズにはまったりしたけれど、それらの中にもマイケル・ジャクソン音楽のエッセンスが発見されて、その都度改めて聞きなおしておられた、と。
その上で、「81〜2年に、マイルスのカムバックと、ウィントン・マルサリスのデビュー、それにクインシーがマイケルと一緒に大成功を収めたという三つの出来事が重なったのは、ブラック・ミュージックの歴史の中で、ものすごく大きな意味を持っていたと思います。」と、作家(評論家?)平野啓一郎っぽいまとめ。ありがとう!
池澤夏樹さんのメルマガで、開高健著「輝ける闇」という、ベトナム戦争に従軍した経験を書いた小説を紹介いただきました。その池澤夏樹さんの紹介文からいくつか引用させてもらいます。
「静かに落ち着いて考えるのではなく、追い詰められて、ぎりぎりのところで必死になって考える。
でも答えはない。無意味な戦争に答えなんかないよ。
だけど、答えがないことを知るためにはそこまで行ってみなければならない。」
「ふつうの作家が十の形容詞から一つを選んで使うとすれば、開高健は三十くらい並べた中から最適の一つを選ぶ。」
「知的な処理能力をはるかに超える量の現実が押し寄せる。
その果てのあっぷあっぷがこの小説だ。
だからジャーナリズムの仕事を超えて小説になってしまった。
彼が得たのは情報ではなく心身の体験だった。」
引きすぎですか? 悲惨な戦争ほど極端なことではないけれど、今自分が置かれてる状況だって、知的な処理能力を超える、無意味な心身の体験だと思われるのです。ありがとう。
ムーラン
輝ける闇
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2009/6/29
薄闇と、雨 季節・自然・庭仕事
雨が降るのを眺めるのが、好きです。今日は仕事から夕方早く帰ってきて、日はずいぶん長くなってて、雨降りだけど夜7時はまだ薄闇で。そんな薄闇の庭に降る雨を眺めるのは、なんだかとっても幸せな気分でした。窓の外の木の葉に当たる雨の音を聞くのも、好きです。ありがとう!
ムーラン
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ムーラン
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2009/6/28
ぶっちゃけ
昼間からワイン飲んだり昼寝したりして、のんびり過ごすことができました。それというのも、昨日おはなし会から帰った後で、庭の草刈りを済ませることができたからです。窓から見える庭の様子がだいぶさっぱりしたので、今日は落ち着いて過ごすことができました。ありがとう!
あくまでわたしの個人的な意見として受け止めていただきたいのですが、わたしが勤務しているような施設は、存在してはならないと思っています。爆弾発言!
それは、虐待されてでも乳幼児は親もとで暮らすべきだ、と言いたいわけではもちろんなくて、どんな理由であれ、どんな短期間であれ、乳幼児が集団で養育されるべきではないと実感しているからです。保育所での日中の保育と、24時間間断ない入所施設での生活とでは、乳幼児への負担は別レベルではないでしょうか。
どうしても家族との分離が必要なお子さんには、里親委託か、あるいは入所施設のグループホーム化が不可欠ではないかと思っています。里親委託が増加するには、現状児童相談センターがおこなっているケースワークの担い手が、質量とも劇的にレベルアップしなければ無理なのかなー、と。
現実的にはそんな劇的な改善は望むべくもないので、現状の施設環境の中でできるだけのことをするわけですが。
母子分離に至る家庭では、うまく言えないけれど、問題解決への意識というか、先を見通す力が、びっくりするほど希薄です。赤ちゃんが生まれたら育てなければならないとか、赤ちゃんを育てるためには何が必要とか、一般的には当たり前のようなことを、あまりにも考えない様子なのです。どうしてなんでしょう。あなたのご意見もうかがいたいです。
そういう大人が思いのほか多くて、おかげで施設で働くわたしたちもお給料をいただけるのですが、先を見通す力が備わらずに大人になってしまった人たちが、先を見通してわが子の人生を案ずる力を蓄えるには、たぶんこれから一生かかってできるかどうかで、その間に子どもはどんどん成長してしまいます。
施設職員の最大の目標は、お預かりしている子が大人になったとき、自分の子どもを施設に預けずに育てられる力を身につけてもらうことだと思っています。これもわたしの個人的な意見ですが。それは、「先を見通し、自分で問題解決の道筋を見つけて、行動できる力」をつけてもらうことだと、今は考えています。
そのために0〜3歳のお子さんをお預かりする施設で職員がすべきことは、お子さんたち一人一人からの働きかけに精一杯応答することだろうと思っています。これもわたしの個人的意見です。
で、それは集団の中ではなかなか難しいな、と。じゃあボランティアの人海戦術で、誰でもいいから乳幼児の言葉や眼差しや感情を受け止めて応じていればいいのかというと、そのボランティアなり人材が定期的に訪れてその子の個人を受け止めてくれるのであれば、母親でなくても職員でなくてもいいのかな。
調子に乗ってぶちまけたら、「できない、できない」と愚痴ばっかりになってしまったじゃないですか! 何を甘ったれたことを!と叱咤のご意見、どうぞお願いします。ありがとう!
ムーラン
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あくまでわたしの個人的な意見として受け止めていただきたいのですが、わたしが勤務しているような施設は、存在してはならないと思っています。爆弾発言!
それは、虐待されてでも乳幼児は親もとで暮らすべきだ、と言いたいわけではもちろんなくて、どんな理由であれ、どんな短期間であれ、乳幼児が集団で養育されるべきではないと実感しているからです。保育所での日中の保育と、24時間間断ない入所施設での生活とでは、乳幼児への負担は別レベルではないでしょうか。
どうしても家族との分離が必要なお子さんには、里親委託か、あるいは入所施設のグループホーム化が不可欠ではないかと思っています。里親委託が増加するには、現状児童相談センターがおこなっているケースワークの担い手が、質量とも劇的にレベルアップしなければ無理なのかなー、と。
現実的にはそんな劇的な改善は望むべくもないので、現状の施設環境の中でできるだけのことをするわけですが。
母子分離に至る家庭では、うまく言えないけれど、問題解決への意識というか、先を見通す力が、びっくりするほど希薄です。赤ちゃんが生まれたら育てなければならないとか、赤ちゃんを育てるためには何が必要とか、一般的には当たり前のようなことを、あまりにも考えない様子なのです。どうしてなんでしょう。あなたのご意見もうかがいたいです。
そういう大人が思いのほか多くて、おかげで施設で働くわたしたちもお給料をいただけるのですが、先を見通す力が備わらずに大人になってしまった人たちが、先を見通してわが子の人生を案ずる力を蓄えるには、たぶんこれから一生かかってできるかどうかで、その間に子どもはどんどん成長してしまいます。
施設職員の最大の目標は、お預かりしている子が大人になったとき、自分の子どもを施設に預けずに育てられる力を身につけてもらうことだと思っています。これもわたしの個人的な意見ですが。それは、「先を見通し、自分で問題解決の道筋を見つけて、行動できる力」をつけてもらうことだと、今は考えています。
そのために0〜3歳のお子さんをお預かりする施設で職員がすべきことは、お子さんたち一人一人からの働きかけに精一杯応答することだろうと思っています。これもわたしの個人的意見です。
で、それは集団の中ではなかなか難しいな、と。じゃあボランティアの人海戦術で、誰でもいいから乳幼児の言葉や眼差しや感情を受け止めて応じていればいいのかというと、そのボランティアなり人材が定期的に訪れてその子の個人を受け止めてくれるのであれば、母親でなくても職員でなくてもいいのかな。
調子に乗ってぶちまけたら、「できない、できない」と愚痴ばっかりになってしまったじゃないですか! 何を甘ったれたことを!と叱咤のご意見、どうぞお願いします。ありがとう!
ムーラン
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