こういう日に休める職務に変わった  

ただし、今週は思いのほか疲労が溜まってるので家の用事と散髪、それと自転車整備で本日は終わる予定。


で、溜め込んでた狛犬ネタをアップしようと思い立って作業はじめました。



足利市の大原神社にて
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仕事柄、昔からウロウロしていた地域なんですが、神社の存在に気づいてなかったorzってパターンです。このパターンが常態化してて、あちこちかつて知ったるエリアで神社を発見することも多いものです。

こちらの神社さんの狛犬さんはこんな感じ。

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佐野の石工 荻野雅松作 大正12年のもの。この顔つきは、その筋で「江戸型」という分類にあたります。個人的に好きな造形の顔つきです。この個体は身体の造形がおもしろくて、前から見ると丸みのある柔らかい彫りなのに対して、後ろから見た時にカッチリ感あるエッジの立った彫りになってます。前脚が造形的な印象の差が判りやすいと思います。尻尾の造形がなんか、連邦の量産型を彷彿とさせるラインで、見ていて笑みがこぼれてしまいました。



次は長野県松本市の四柱神社です。看板の右の建物は交番だった。
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デジカメの液晶割れで2/3が見えない状態で撮ったので曲がってるのはご勘弁願います。

家族でそばを食べに行った際に、カミさんを拝み倒して寄った(笑)
だって、↓コレが見たかったから。
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大正13年、地元の田近石材店さんによるもの。いまでもこの石材店は現役のようです。ちょっと彫りが深くてディズニーっぽい顔の造形が、関東地方ではお目にかかれないデザインです。これを彫った石工さんは、ライオンを見たことがあったんじゃないか…と推察できるくらい思い切ったタテガミの造形に興味を持ち、どうしても実物が見たかった狛犬さんです。実際このあと寄った別の神社にも田近石材製狛犬がありまして、同系列の顔立ちでいらっしゃいました。

先日アップした福島県の石都々古和気神社で見てきた石工 小林和平の作風とも違うオリジナリティー溢れる造形がたまりませぬ。


四柱神社の次に寄ったのが松本市の深志神社。
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こちらの神社には、先の田近石材製狛犬を含む3対の狛犬さんがいらっしゃいました。

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最初に出迎えてくれる狛犬さん。胴が長い造形が特徴の一つ。しかし何よりこの変顔がたまらなく好き。

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な?


次に見られるのがコレ↓
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このちょっと外人顔っぽい造形も魅力的。ただなぁ、この顔って会社の同僚に似過ぎてて怖いんですけど…

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尻尾のシナモンロールも素敵です。



同じ敷地内にある田近石材製の写真は割愛しますが、以上7月の暑い盛りに出会った狛犬さんたちでした。

これら以外にも出会いがあるのですが、これほど強烈な個性のもは多くありません。それでも十分堪能できる個体差はあるわけですが全てをご案内できるほどの時間的余裕がないので今日はここまでとさせていただきます。後日アップする時に、8、9月に出逢った狛犬さんをまたご紹介させていただきます。

『狛犬』と括れば一つの対象ですが、石工によるセンスの違いだけでなく、地域によって異なる造形の違いも見ていて楽しいですし、年代による流行り廃りも見逃せません。また、彫られた時代の背景や地域住民のおかれた状況によっても全くことなる姿をした『狛犬』。この魅力が伝わったら嬉しいですね。

ちなみに、今流行りの御朱印には全く興味がないので、お参りして狛犬さん愛でて帰ってきちゃってます。同列で見られたくないので。「狛犬愛でてる変わった人」って目で見られたほうが嬉しいです(笑)

お気に入りの狛犬さん  

一年に一度だけ有るか無いかといわれている我が社の完全休日。6月9日に実現しまして、行ってきました福島県。こんな機会が無きゃいけませんでしたので狛犬さんを観に行ってきました。


狛犬さんに興味を持ち、「一度は実物を拝んでおきたい」と心に決めていた狛犬さんです。昭和初期の比較的新しい狛犬さんは、ディープな狛犬ファンからはあまり関心をもたれないようなのですが、この狛犬の造形の美しさは大なり小なり造形に携わったことの無い人にはわかり辛いのかもしれません。



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こんなに柔らかい雰囲気を醸し出す石造って凄いと思うんです。そりゃ骨格がとか、デッサンがとか言われたらダメかもしらんけど、パテや粘土捏ねて造ってるもんじゃないわけですよ。石工さんが手鑿だけでコツコツと何年もかけて彫っていたわけですよ。巨大な石の塊から。しかも実物は驚くほど大きいんです。いくつかの狛犬さんを目の当たりにしてきた中ではダントツに大きい。しかも、狛犬さんと台座の雲の造形は一体物。一般的な狛犬さんと台座は別物のことが多いわけですから、当時のセオリーからどれだけ逸脱した造形物だったのかということを想像したらね、石工さんの心意気ってのを感じずには居られない、そういう作品だと思っております。

石工さんの人生そのものも調べてわかっているのですが、ここでそういう話しても興味ない人には詰まらん話なのでここまでとしますが、狛犬さんに興味を持つことで神社そのものを調べたり、石工さんのことを調べたり、歴史や時代背景までに興味を持つことになろうとは全く想像しておりませんでした。お蔭様で生涯興味の尽きることの無い対象となっております。この歳になってこういう趣味ができたことを純粋に喜んでいます。




神社巡りしてたら、こんなこともありましたっけ。宇都宮市岡本町にある日枝神社で狛犬を鑑賞していたある日のこと。狛犬さんの写真を撮っていると、突然背後5mくらいのところに気配が降りてきた感じ。振り返るも誰も居ない。続けて写真を撮っているとやはり気配を感じる。でも誰も何も居ない。流石に怖くなって独り言とはいえないくらい大きな声で独り言言って(笑)恐怖心を誤魔化してみたりしたのですが、怖くなっちゃったらもうダメね。急いで帰ることに。でもさ、その気配はズットついてくるのよ。クリート付のシューズで石段降りるわけだから滑りやすいわけで、それでも怖さに押されて急いで石段を降りる。二の鳥居を潜ったところで、ふと左手に目が行きまして。そしたら、上るときには全く気づかなかった石灯籠が。しかもあまり見たことの無い格好いい奴。怖いのにカメラ出して撮っちゃったよ(苦笑)


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不思議なことに、これ撮ったら背後の気配は無くなってました。でも、その日その後にまわった3件の神社。どこに行っても背後が気になっちゃって落ち着いて狛犬さん鑑賞できなかったわ。気配の正体が何であったのか、調べてもようわからんのでもう気にしないことにしてるんですが、神社によって雰囲気に違いがあるのは間違いないようです。もう二度ときたくないと思う神社と、何度でも寄りたくなっちゃう神社。明らかに空気が違う神社。この3つくらいは確実に差がありますね。オカルト話に詳しい会社の同僚からは、相性の悪いところは気をつけなさいと忠告されてます。そういうこともあるのかな、程度の認識ですが一応気をつけたいなと思ってます。

















追伸

アジトが宇都宮市からつくば市に変わりました。

狛犬の楽しさを広める会  

先日書いた狛犬の件でご紹介。

前回のブログUPした翌日に、本来の目的であった菅原神社へ行きました。大通りから丸見えの神社だったので目的を見失って行き過ぎてしまうこともなく到着。前日に寄った神社のほうが見栄えは良かったかな。
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目的はコレ。

クリックすると元のサイズで表示します前日UPした狛犬さんとの造形の違いをお楽しみください(笑) 先ず目がいくのが前脚の間をくり抜いていないところ。石工さん、彫ってる最中に飽きちゃったんでしょうかね。目、鼻、口だけ見ればしっかりと狛犬さんなのに、前髪と耳が狛犬の威厳を保てていない造形なのがイカします。タテガミのクルクルも造形されているのですが、耳に目が行っちゃって顔がホコロンデしまいます。なんかとっても『犬』っぽいんですよ。

クリックすると元のサイズで表示します哀愁の漂う背中もご覧頂きたい。コレまたとても『犬』っぽいお姿。尻尾の造形も有るんだか無いんだかわからない程度の控えめな造形で、やっぱり威厳は感じられない。でもね、この丸い背中の造形。石工さんは頑張ったんだと思います。この仔犬感溢れる丸みを帯びた造形のために、労力を尽くしたんだろうと想像しています。もっとも、その結果として前脚と腹のところ繰り抜く気力が失せてしまったんではないかとも想像できますが、実際のところはどうだったんでしょうか。「失敗して削り過ぎちゃったところは、またポリパテ盛って削ればいいや」って感覚の私からすれば、気力が失せてしまった石工さんだったとしても尊敬の念は変わらないわけですけどね。

先人の狛犬サイトによりますと、この狛犬さんは結構古いもののような書き方されていますが、台座などに年代や石工さんの情報は見当たりませんでした。郷土資料館とか行けば何か歴史書みたいなのが有るんですかね? この神社を管理管轄している神社さんの管理団体が有るようなのでそこに問い合わせてみると何か情報はつかめるのかしら?



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薄い空の青が今の季節感の「青」って感じがするかな。暖かくなって、梅も開き始めました。花粉の量も増加するので一概に快適とは言えないんですが、自転車で狛犬を探すには良い季節になりつつあります。今日は風が強くて外出は控え、ローラーのみ。この記事まとめて家の用事済ませて終わりですが、明日はどの神社目指そうかしら(笑)


また妙な方向に進んでしまいました  

タイトルの通り、妙な物への興味が湧いてしまいましてハマっております。



コレ↓です。
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クリックすると元のサイズで表示します5月の終わり頃に自転車でうろついた時にふと寄った神社にあった狛犬をみたり、稲荷神社に鎮座しているお稲荷さんを見て、明らかに日本人の手によらない石像を目の当たりにしたのが事の発端でした。真新しい石像なんだけど、やけにエッジが立ってて機械的な仕上がりの石像って結構あちこちにあるんです。第一印象は、「中国に委託して彫らせたな…」って感じ。本当に海外委託で作ったものかどうかは知りませんが(笑) 造形的にも子供の粘土細工みたいなので違和感感じるのかな。



クリックすると元のサイズで表示します国道122号を使って日光を目指すための下見に行った折に貴船神社に寄って出会った狛犬さん。正確には狛獅さんなんだけど。納得のいく造形に見惚れてしまいました。胸から前脚にかけての肉感溢れる造形。尻尾やタテガミの流れるような造形に石工の気持ちやセンスが盛り込まれているのが感じ取れたのです。若い時にはパテ盛って削って…なんてことをしていたからでしょうか、石像なのに何故か惹かれてしまいました。先日は、壬生町から鹿沼市にかけて神社巡りを敢行。もちろん素敵な狛犬さんを求めて。5件程寄りましたが2件にしか狛犬さんは居られませんでした。どの神社にも必ず居るわけではないというのも狛犬探しにハマっている理由の一つ。時間のあるときに、地図で神社を探して、ルートを考えて、休日の好天を楽しみに待ちながら辛い仕事に励む。コレが無いと、辛すぎて仕事なんかやってらんないかも(笑)


狛犬に興味もっていろいろ調べていくと、そもそもが想像の生き物を石工に彫らせたってのがイカス。年代や地方によって造形が異なることや、流行り廃りがあったりするのもイカス。体系的な流れができる以前の本当に古いものになると、「狛犬? カエルなんじゃね??」ってのもあったりする。一番上の画像は大正5年に寄贈されたものでした。これでも新しい範疇だから奥が深い。ちなみに、中部とか関西とかだとあんまりバリエーション無いので「狛犬」に興味持つことの意味がわからんのだそうです。こんなに楽しいのに。



こんな流れがありまして、自転車の乗り方を変えました。着いた先でウロウロするのにでっかいクリート付きシューズは不便です。SPDに変更しました。サドルバッグもやめてモンベルのフロントバッグをリクセンカウルのアタッチメントで取付けて荷物の可搬容量を増やしてます。ウィンドブレーカーやデジカメもフロントバッグにインしてますし、出かけた先でちょこっとお買い物もできます。ストイックに距離やタイムを気にするのを一切やめて、行った先々で神社を探すサイクリング状態になってますが住んでいる地域柄、神社を求めると当然山道を走る事になりまして、走る距離も短くなってるわけでもないし、運動量に変化は無い感じですけど。ウェアもちょっとずつ志向を変えていきたいな。


夏は終わったけど  

『夏への扉』を久々に、再読。HALOシリーズ買って以来、新刊を購入していない。もっぱら書庫からランダムに持ち出してはノンビリ再読。展開知ってるから結構斜め読みしても満足感はあるんだよね。そんな中でも『夏への扉』は10年位再読してなかったと思う。その筋からの評判も良く、あちこちから「オススメ」される良書の一つとして有名な作品。なんだけど、個人的には地味な作品の印象が強くって、書棚の前に立つと、つい他の作品を手にしてしまう。今回手にした理由は、庭先に出没する野良猫を見ていてピートを思い出したから。そんなくだらない理由で再読している。

読んでみて、『10年以上読んでなかったかもしれない。』と思った。物凄くスポット的な記憶しか残ってなくて、ストーリーを随分忘れてた。冷凍睡眠前のピートの活躍も記憶程派手ではなく「こんなもんだっけ?」と拍子抜けした。ピートのイメージが極端に強く残っていたようです。幼女リッキーの印象なんてほとんど残ってなかったし。そいう意味では新鮮な感覚て読めて中々良かったですよ。

最近は映画の元ネタも枯れてきているようだから、この作品を映像化しても良いんじゃないかな? ハインライン作品だけど、どっちかに寄ってないし。コールドスリープとタイムマシンもわかり易いガジェットだと思うんだけど。話しの展開は地味だから、演出とか見せ方の工夫が相当大変だと思うけど。年代の設定は変える必要もあるな。しかし、地味な作品になりそうだから映像化に際してスポンサーも付かないか…。そんなもんかもね。




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