オートバイのシートを切り裂かれた。スパッと、切られた訳でなくズタズタ切り裂かれた。「オレ様に断り無く、ココに停めるんじゃねぇよ。コレでも食らえ!」と、言う意思表示だろう。
「バイクはオレの分身さ!」なんて言った事は無く、「オレの血にはオイルが流れているに違いない!」なんて思った事も無い。
ただ、可愛がっていた宝物で、ズバ抜けて気が合っていた。
出発前の暖気運転の間は、夜泣き子をあやすようにご近所を気遣い、汗だくで押して歩いてエンジンが暖まるのを待っていた。なんのトラブルも無く家に帰って来た時には「ありがとう」と言って、ガソリンタンクを撫でてあげた。製造を中止してから何年もたつが、購入する時はその純正シートが綺麗に保たれていたのに好感を持ち、決め手の要因となった。現在、メーカーのストックにそのシートの在庫は、とっくに無くなっている。
そのオートバイのシートを、青山で停めたスキにズタズタに切り裂かれた。
大切にしている物を傷つけられると悲しい。
16か17才の頃、田舎街では「Dr、マーチン」の編み上げのブーツは「宝島」の通販ページに載っていた不良アイテムだった。それを履くには、それなりの決意が必要で、意を決して履いていた(10ホールは腰が引けて8ホールだったのだが)若き日のオレは、気合の入ったお兄さん方によく裏路地に連れていかれて押し問答になった。
Jリーグ開幕以前、「金髪=暴走族・チンピラ」の頃に、真っ白にブリーチをしチェーンの首輪をしながらも、クラッシュモデルのライダースを着ていたアベ君と歩いている時は、決まってヤクザに追いかけられ、「人が隠れるには、人込みの中」という戦国時代の兵法を身をもって実践すべく「イトーヨーカ堂」のエスカレターを駆け登っていた。
そんな田舎者が東京に出て来た時に、渋谷を歩く女子高生が「Dr,マーチン」を何の決意も無く、ましてやメリケンサックをポッケに忍ばせる事も無く、平然と歩いているのを見て驚いた。
大切にしている物を傷つけられると悲しい。
通風の痛みが勃発し最近控えていたが、シートを切り裂かれたショックを紛らわすべくアルコールに触れる為、レモンサワーの焼酎が濃い近所の中華店に行ったら、楽しそうに会食している家族がすぐ隣で盛りあがっていた。顔を真っ赤にして15年物の紹興酒をあおっていたパパが、子供達に得意げに宣言していた。
「痴漢する奴は、アキバに集まっている」
そのトンチンカンな説教が聞こえてきた瞬間、大好物な「豚耳の冷菜」をつまんでいたオレの割り箸で、そのパパの両目を突き刺したい衝動にかられたが、大きく深呼吸をして震えながらグッとこらえた。
10年来のオレの友達のフィギュアオタクは、休日になると秋葉原をうろついてるが、痴漢を憎む気持ちはもちろん、清流に茂る水草のように清らでみずみずしく、純粋な心の持ち主である事を知っている。
大切にしているモノを傷つけられると悲しい。
2、3日前の深夜「牛角」に行った。食い終わってから、腹いっぱいのオレはガールフレンドが会計を済ますのを店頭にあるベンチに座って待っていた。隣には「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に出演していた博士の様なジイ様が、行くあても無い様にすでに座っていた。オレの顔をマジマジ見てからおもむろにクタクタな紙袋からせんべいを取り出し、スゥッと渡して恵んでくれた。
「ごちそうになります」と言って、そのせんべいをかじっている間、ジイ様は、「世の中はウソばかり。生きる事はツライ事だからさ」と、ジム・モリソンと同じセリフをサラッと言いきかせてくれた。
切り裂かれたシートに気がついた時、あまりのショックで暫くボウゼンとしていた後、自分でも思いもよらなかったが、「ごめんな」と言ってズタズタになったシートを撫でた瞬間、「涙腺がキツイので、コンタクトは向きませんね」と、医者からお墨付きをもらったオレの目からポロッと涙がこぼれた。
長々と書いた恥ずかしい今日の話。

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