俺は、夕暮れの靖国通りを神保町へ向かいテクテク歩いていた。
そんでもって、ほんの2〜3m前方を腕組み二人三脚状態のカップルが、この世の終わりの如くイチャつきながら、向きを同じくして歩いていた。
仕事帰りと思われるスーツ姿の男性と、チャック全開で具が丸見え状態のブランドバックを肩からさげてコツコツと高めのヒールを履いた女性のカップル。
「もう、ダメェ〜。ダーリンったらぁ〜」
「なんでぇ〜?やぁ〜だ。ズルイぃ〜」
すぐ目の前を歩いている寸法上、その二人の会話内容が聞こえて来るのもすこぶる自然な成り行きなのだが、ご丁寧にそのカップルの女性はオネェ界のジミー・ページと言われるIKKOさんばりに腹式発声がキマッていて、何か発する度に、靖国通りを走るトラックよりも猛烈にうるさく、すれ違う人はもちろん、俺の鼓膜もビリビリ揺らし続けた。
そんな月9の主役級な二人を追い越すチャンスと、信号待ちの交差点で並んだ時の事。
先ほどから血が出るくらい発情の雄たけびをあげていた彼女が、照れる彼氏にチュッチュッをせがんだ瞬間にその彼女とバチコンと目が合った。
そんでもって、突き出した唇はそのままで、彼女が得意気に俺を指さし叫んだセリフが
「やだぁ〜!注目浴びてるぅ〜!」だって。
アメリカに行った時だったか、持て余した時間を潰すべく地元の友人達とトランプをやった。
ゲームの内容は、親が捨てたカードを他のプレイヤーが素早く取るようなルールだったと思うが、やればやるほど地元のテキサス人たちは鼻息荒く興奮しはじめ、テーブルが壊れそうなくらいの勢いでバンバンとカードを叩き取るのがそのゲームの醍醐味のようであった。
そんなゲーム中に、俺はニックネームをつけられた。
『ジェントリー・タッチ・マン』
テキサス人たちが「よっしゃ、今や!」と、狙いのカードを取ろうとグローブのような手を大きく振り上げた瞬間に、横から音も無くサッと手を滑らせて至極冷静にカードを取りまくった結果、そんなニックネームをつけられた。
「やだぁ〜!注目浴びてるぅ〜!」
と、神保町の交差点でイカレた女から得意気に指をさされた俺は、自分でも驚くほど至極冷静に彼女の顔をマジマジ見た感想をハッキリ言った。
「喪黒福造に似てるね」と。
その対応をテキサスの友人たちに見せてあげたかった。
俺の『ジェントリー・タッチ・マン』ぶりを。
信号待ちでその場に居合わせた他の人達が肩で笑いを堪える一瞬の静寂と緊張感は、信号が青に変わった事により開放されたが、俺の純真無垢な感想により全く動けなくなっていた二人は、まだあの交差点を渡れないで立っているのであろうか。
悪い事したか?
でも、俺の知ってるかぎり一番似ていた。

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