オレが住む街は河の向こうだ。どっから見て向こうなのか、勿論都心から見て。河を渡らないとアーバンな風を感じられないのだ。仕事行くにも遊びに行くにもバンドやるにも橋を渡るのだ。しかも二つ。荒川と隅田川を越えなくてはならない。一応、家は都内だが、もはや陸の孤島である。だから、ガラがよくない。地方から夢のアーバンライフを夢見てやってくる人はワザワザこんな辺鄙な場所を選ばない。だもんで住んでる人間は独自のテイストを蓄積していくのだ。誰も来ないし誰も出ていかない。閉ざされた街なのである。下町の下。下層のさらに下。もう地下である。実際土手の下にあるので海抜以下にある街なのである。橋から夕陽を眺めたって沈む太陽は薄汚い街を上からにやけてやがるのだ。
そんなわけで橋を渡るためオレはよくバスに乗る。歩くこともあるが、大概バスが多い。帰り道はノンビリ30分かけて橋を渡ってごーいんほーむする。が、行きは10分かからず駅まで行くバスがやはり便利だ。んで、店は昼からだから、道もバスも混んでない。だからバスに乗る。
オレの街の平日の昼のバスはマジックバスだ。サイケデリックこの上ない。昼前の呑気な時間だからジジィ、ババァがやはり多い。が、こんな時間にフラフラしてるようなケッタイな奴も多いのだ。
先日は、背中に草がいっぱい付いてるオッサンがいた。かなり臭い。土手で寝転んでた、というより土手で暮らしてます。といったテイストのスメルだ。そのオッサンとヘッドホンからかなり音漏れの激しいかなり太ったオッサンが睨みあっていた。多分、土手に住む仙人がうるさい音漏れに頭来てだと思うが、睨まれたデブも、草にまみれたジジィが生意気な!みたいな感じで睨み返してやがる。一瞬即発な、バルカン半島みたいな緊張感が漂うが、明らかに漏れてる音楽がアニメソングっぽく、そこはかとなく緊張感に艶が出てしまう。コジキvsオタク。なかなかお目にかかることができないビッグマッチだ。
今日は運転手が乗ってきたばぁさんとマイクを通して会話してた。今日はどこ?上根岸?おっけ!みたいな。長閑である。いったいどこの田舎町なんだろう。ここは。
そんななか一際異彩を放つ男がいる。一週間に一度くらい目にする男だ。
奴は決まった場所から決まった時間に乗ってくる。ズングリとして黒いニット帽みたいなのを被ってる。そんで黒いズボンに黒いTシャツ。黒が好きなんだろう。Tシャツは決まってヘビメタのバンドTシャツだ。メタリカとかスキッドロウとか。オレは聴いたことがないのでわからんが、そういうバンドのジャンルはメタルっていうと思う。
ズングリとしたメタル好き。なんて、多分、珍しくない。例え平日の昼間にフラフラしてても。が、奴のなにが異彩を放ってるのか、というと、バスに乗り込むやいなや、入り口近くであろうと一番奥であろうと席を見つけると一目散に席に突進する。ジジィ、ババァをなぎ倒す勢いで。それはそれで構わない。空いてる席に座るのは自由だ。席は座るためにあるのだ。優先席でないかぎりジジィ、ババァに譲る譲らないはその人間の自由だ。問題はそこからだ。奴は席を確保すると、まず席にリュックを置きそこから新聞紙を取り出す。新聞紙を持ちながらリュックを退かすが、リュックを下に降ろしたりしない。リュックを持ちながら今度はその取り出した新聞紙を読まずに席に敷きはじめる。ピシッと。そしてようやくその新聞紙が敷き詰められた座席にドカっと座り、ふぃーっ、と必ず言う。なんなんだろう。潔癖性なのだろうか。病的な。誰かが触れたものに触れることができない、っていうことだろうか。なかなか生きずらいの。だいたいにおいてお前が敷いた新聞紙だって誰かが触ったもんだと思うのだが…。そもそも、お前はバスに乗らないほうがいいのでは?と、突っ込みどころが多いが、奴の真剣さと全身から発っせられる鬼気迫る神経質な他人を完璧に寄せ付けない雰囲気がバスに乗る運転手を含む全ての人間を閉口させるのだ。席を取られたジジィ、ババァもビビりまくってる。ちょっとしたバスジャックだ。お前はいったい何処に行くのだ。病院か?教えてもらいたい。オレ先に降りちゃうしね。
こうやってオレは毎日橋を渡りやっとこさ電車に乗れるのだ。楽しくもあるがうんざりもするのだ。
iPhoneか

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