『クソの魔物』のステージの12時間くらい前、俺は秋葉原にいた。
もらい物の我が家のパソコンは「CD-Rの書き込みが出来ない」っちゅう衝撃的かつトホホな事実が判明し、それならば金にモノを言わせちゃると、鼻息荒くDVDドライブなるもの手に入れるべく二千円ほど握りしめて、黄色い声したメイドカフェの呼び込みをすり抜けつつ、適当なパソコンのパーツショップに突撃し、冷やかな目つきのデジタル対応の店員に、「ウチのパソコンは銀色のヤツなんだけど・・・」と、心温まるアナログ質問をぶつけまくって、どうにかお目当ての品を購入。
そんでもって、用事も無事に済んでホッと一息つきながら、大通りに面した立ち食いソバ屋に入った時の話。
店内の客はゼロ。
入り口の券売機で、ポチリと「かき揚げそば・大盛り」を押した瞬間に、カウンター奥の厨房から
「そば?うどん?どっち?」
と、おばちゃんの声。
立ち食いソバ未体験な紳士淑女やガキ共に説明しよう。
古今東西、立ち食いソバ屋において食券購入システムを採用している場合、「かき揚げそば」ボタンをポチリと押しても、「そば」と「うどん」の共通の食券がペロンと券売機から出てくるので、その食券をカウンターで提示する際に「そばでお願い」と二択の回答を発する必要があるのだが、稀にボタンを押した瞬間に「そば?うどん?」と、強烈にまくし立てられる時がある。
この場合、その店員は客が押したボタンの位置から「上から二段目で左から二個目だから『かき揚げ』ね」と、券売機のボタンの位置を丸暗記している「ザ・プロフェッショナル」な店員な訳で「ザ・せっかち」店員と決してみくびってはならない。
まぁ、たまに「ザ・せっかち」店員もいるけどね。
「うん、そばを大盛りで」
そう答えて振り向いて厨房を見みれば、おばちゃんは「そば」をお湯に放り込んだと同時に「かき揚げ」をトングで掴んで、「ザ・プロフェッショナル」な立ち振る舞いをピシャリと見せていた。これ、食券をカウンターに持っていく前のヤリトリ。
こりゃ、期待が出来ると、食券を渡し、心躍らせて出来上がりを待ち、「ハイよ」と渡された「かき揚げそば」を3割増しのノイズでズルズルと食ってみたら、とてもつもなくスーパー普通の味だった。
「まぁ、そんなモンか・・・」
と、落ち着きを取り戻しつつ、シレ〜と食っていたらカウンターの中から、おばちゃんの声
「その身体で大盛り食べちゃうの?ウチの大盛りは2玉だけど大丈夫?」
との、素朴な問いかけ。
「うん、ヒョロヒョロした身体だけど、これくらいペロリだよ」
と、とりあえずの返答をキメ込んだら間髪いれずに
「へぇ〜スゴイね。いつも大盛り食べるの?何で太らないの?体重何キロ?」
と、予想外な怒涛の問いかけ。
「うん、いつも大盛りだよ。体重は62キロ。食っても太らないんだよね〜」
と、ひとつひとつの質問にキッチリ答えていたら完全に箸は完全に止まり、食うヒマもないほどに。
そんでもって、おばちゃんの問いかけはそのまま加速しつづけて、気づけばカウンターからヒョコヒョコ出てきて
「えっ!180cmあるの?ウソ?アタシはこう見えても170cmあるんだよ。ちょっと背比べしよう。ホラ立って」
と、箸をとめるに留まらず、ドンブリからも遠ざける始末。まだ、半分も食っていないのに。
さすがに面倒くせぇなと思いつつ、ノソリと立ち上がったら
「ちょっと、ヤダァ。本気で立ってよ。ホラ背筋伸ばして。180cmあるのか知りたいんだから!」
と何故か怒られはじめる。
エプロン姿の厨房のおばちゃんとヒョロヒョロな客のオッサンが、食いかけの「かき揚げそば」もそのままに、気をつけの姿勢で立ち食いそば屋の店内で二人っきりで並んでいる風景。メルヘンとはこの事か?
それでも、おばちゃんは「180cmある?コッチの肩が高いんじゃない?」と、何だか分からん使命感で俺の身長が気になる様子。
この背比べの間、新たに入って来た客に対して、俺と一緒に横一列に並んだままで
「もう閉店時間だから、パッパッと食べれなかったら今度にして下さいね」
と、優しい口調で力強く追い払っていた。
俺の食事を完全に中断させておきながら。
その背比べのあまりのしつこさに終止符を打つべく
「そんじゃ、俺にキスしてみてよ。ホラ、170cmあってもつま先立ちしないと届かないでしょ?」
と、イチかバチかのカウンターパンチを放ったトコロ
「ヤダァ。何言ってるの・・・・でも、そうゆう時は、サングラスは外すものよ」
だって。
結果、この捨て身のカウンターパンチは成功し、その後の二人は厨房とフロアの所定の位置へと離れ離れになり、のびきった「かき揚げそば」の残りにありつけたのだが、食ってる最中も「サングラス外してよ。顔見せてよ。アラ、綺麗な目だよ」と、しつこかったとさ。

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