俺は立っていた。
ドアに寄りかかって、その混み合う車内での一等賞なマヌケ面を探すべく、シレ〜と人間ウォッチングをキメ込み立っていた。
すると3〜4m先の座席前のつり革につかまるジイサマにピシャリと目がとまった。
これ、電車内での話。
そのジイサマは、一等賞なマヌケ面どころか、綺麗な白髪に品の良いハットかぶり、つり革につかまる袖口から見えるカフスはすこぶるクールな輝きを見せ、70〜80歳くらいの見た目に似つかないギラリと光るナイフの様な鋭い眼光はティーンネイジ・キックスな潤いに満ちていた。
ガタンゴトンと揺れる車内でスーパー涼しげに「半蔵門線に舞い降りた白州次郎」っちゅう感じでスラリと立っていた。
そう、そのジサマは立っていたのだ。
「なるへそ。あそこまで爽やかに立たれちゃ席を譲るのもチト悩むよな…」
と、思いながら、そのジイサマの正面で大股広げてタヌキ寝入りを発令中の至極くたびれたサラリーマンのマヌケ面でも確認しようかと思っていたら、そのジイサマは更にカッチョイイ行動をおっぱじめた。
「大丈夫です。大丈夫です」
と、恐縮しまくる隣のオバチャンの手荷物(百貨店の紙袋2つ)を、優しく手に取り、目の前の座席上の網棚に載せてあげていた。
「スミマセン、スミマセン。まぁ、ご丁寧に…」
と、軽くパニックになりながら礼を言うオバチャンに対して、ジイサマはニコリとしながらハットをフワリと持ち上げてYou are welcomeの茶目っ気たっぷりなポーズ。
これほどまでの紳士を生で見たのは初めてだった。
十数年前に、丸めがねでチョビ髭の『加トちゃん』なオッサンに道を聞かれた時と同様に「ホントに、こんな人はいるんだ」と感動的だった。

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