毎日通る道の脇に大きな木があります。これまではずっと枯れ木だと思っていて、フリードリヒの絵に出てくる木を連想していました(
http://cgfa.sunsite.dk/friedric/)。いつか写真を撮ろうと思ってもいたのですが、連休明けに見たらしっかり新芽をふいています。
これで連想したのがマーラーで、"大地の歌"の最終楽章(告別)のおしまいのところで、"大地に春が来ると、あちこちで花が咲き、木は新芽をふく。至るところ、永遠に緑に輝く。永遠に、永遠に"と歌うのです。まさに春が来るということは、こうなのだと実感しました。
"大地の歌"と言えば、学生時代に同じ下宿の住人がバーンスタイン盤を愛聴していました。これは、本来アルトで歌う楽章をディスカウがバリトンで歌っています。いつもフェリアさんの絶唱を聴いている私には実に落ち着かないもので、しばしば演奏中止を申し入れたものです。
因果は巡るもので、今年2月にサントリーホールで聴いたコルボの"マタイ受難曲"でも、アルトのパートを男声で歌われ、玉に瑕とはこのことかと思って聴いていました。
私の公式の第二外国語はドイツ語ですが、非公式には落語だったので、"永遠に、永遠に"と聞くと、千早の本名を連想してしまいます。
