大きな天災の上に原発事故という人災が重なった、未曽有の困難な時代にこの国が向かい合っている今、画家は何をどのように描くべきかと思います。その上政治上のつまらない争いまでもが加わって、不安ややりきれなさや憤懣が心を揺さぶっています。
絵画は表現です。能力の発表という面もありますが、言葉と同じように心の内を外に向かって表現する手段の一つであり、言葉では表せないものも表現できるという重要な機能を持っています。
美術の歴史を辿れば、それぞれの時代に合った、それ故に時代そのものを表現する美術作品がありました。例えば古代エジプトや古代ギリシャはその美術作品の遺構によってその文化の存在が伝えられ、時代の様相をもうかがわせることになっています。近代では文学や演劇や音楽もそれぞれの時代を表現している中で、保存できる固定的な作品としていつでも見れるという性質の美術の存在は大きいといえます。
デッサンはものの形を正確に写すだけが目的ではありません。自分の気持ちを正確に表現する能力も育てるものです。一本の線の微妙な震えなどが心の琴線にかなうかどうかを見極める力です。このような時代を画するような問題に直面しているときには、それなりの表現が絵画にも求められているといえましょう。色の好みとか線の性質のちがいとか、大災害の前と後では何らかの表現性の違いが生じるのが当然ではないでしょうか。それらを正直に表現することで自然に、時代の証言としての絵画がまれて行くのだと思います。

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