大物不在の世の中  ブログ



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クラウディオ・アバドと言う巨匠級の指揮者が死去した。享年は80歳だった。別に趣味の音楽ブログも在

るので、そこで能書きを垂れるのも良いのだが、論点は其処では無いので其の儘続けよう。小生は彼が

中堅で才気溢れる時代から知っているのだが、其の頃はアバド氏の周辺にも素晴らしい才能の指揮者

が沢山居り、親子二代の鬼才やら大時代の音楽家も存命だったので、其等の大指揮者に負けじと奮闘

している彼等の活躍には注目したものだ。それには小澤征爾氏も含まれるのだが、音楽に疎い人でも

名前位は知っているで在ろうヘルベルト・フォン・カラヤン氏みたいな大人物が確かに存在していた。

だから其等の中堅が「大」の付く存在になるのを楽しみにしていたのだが、何故か中堅の儘歳を取った

印象が在るのだ。其れに音楽家に問わず現在は、どの業界にも大人物めいた人が見当たらないのだ。


確かに小粒の儘で枯れてしまうのは悲しいものだ。其れに現在は一極集中の権力を嫌う風潮が在る。

平等意識が競争力を阻害しているのだろうか?だが向上心とて相乗効果である。しかしながら「平等」

と言う言葉も定義が必要だ。其の間違った意識が共産主義や社会主義なのだが、人には格差が在って

当然なのだ。だが其れが学校教育に反映されると厄介なものになる。小生の体験談だが、姪が小学生

の頃に運動会を見に行って呆れた事が在る。其れは徒競走だったがゴールは在るのに一等賞が居ない。

つまり児童への格差が差別に繋がるとして順位を否定しているのだ。現在は其の点は改善されているの

だろうか?将来の在る人間の向上心の芽を摘んではいけない。民主党政権下の日本では生徒の学力

低下が指摘されたが、何故そうなったかは考えるまでもなかろう。つまりはそう言う事である。


さて政治の世界でも嘗ての内閣発足時の写真を見ると「嗚呼、次はこの人だな?」と順番が判ったも

のである。似た言葉に「ヒーロー不在」が在る。此処で「平均化とは何だろう?」と考えさせられる。

「平等」と言う言葉の裏には、そんな思想が含まれているのも事実なのだ。今日は、こんな処か?



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指揮者のクラウディオ・アバド氏死去 80歳:http://www.asahi.com/articles/ASG1N66G6G1NUHBI02N.html

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