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本日は夜勤である。なので出掛ける前の更新なのだが、今週は雨も降るので蒸し暑くなりそうだ。

しかしながら幾らか気温も治まるので少しはマシか?夜勤が終わるのは翌朝6時半なので、気力

があれば更新しようか?そんな訳で今は「ドイツ・レクイエム」を聴きながら打ち込みをしている。

夕方には出勤するが雨が降るらしい?それもあるのか酷く蒸してる。帰りは缶ビールでも飲もう。


これは昨日のニュース記事だが、以外と話題にもなっていないので取り上げよう。「中央日報」でも

「朝鮮日報」でも取り上げているものだ。これは本来ならば半島系メディアなら大々的に公表したい

ニュースなので、その影響下にある日本のマスコミが、何故か今一乗り気じゃないような印象なの

だがどうしてだろう?大統領自らも意気込んでいたものなのに不思議だ。これを出すのは不都合が

あるとしか思えない。前置きを焦らしてるが、ようやく「慰安婦白書」発刊の目処が尽いたらしい?


韓国の女性家族部は3日、「河野談話21周年」を迎えて国民大日本学研究所及び成均館大学東

アジア歴史研究所との共同で、ようやく日本軍「慰安婦」白書を発刊するとは明らかにしたのだが、

河野談話21周年とは何と大袈裟な?思わず既に効力のないものに対しての敬意なのかと思うが、

この白書は、1992年の「日帝下軍隊慰安婦実態調査中間報告書」発刊後に慰安婦問題に関連

して新たに発掘された資料と研究成果と国際機構・市民団体・各国議会等の活動に基いて、慰安

婦犯罪、被害実態を総合的に整理・分析した報告書の形で発刊されるが、どんな証拠か気になる。


 尚、発刊の予定は、光復(解放)70周年であり、韓日国交正常化50周年となる2015年年末に

なるらしい?白書の内容は、歴史・政策・国際法分野に亘る総合的な分析に重点を置くとの事だ。

一方、女性家族部は白書を英語・中国語・日本語などの外国語に翻訳して、国際社会にアピール

且つ普及をさせるらしい?「らしい?」としか言えないが、世界から見た歴史の整合性が問題だ。

何だか「終わりの終わり」になりそうで、来年末まで、どんなネタを探しているのかも気になる。



韓国、「慰安婦白書」発刊へ…国際社会に普及
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140804-00000024-cnippou-kr
(朝鮮日報日本語版) 韓国政府、英・中・日訳で慰安婦白書を国際社会にアピール
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140804-00000587-chosun-kr

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コンセプチュアル・アートとオノ・ヨーコ  コラム



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最近でも何かのレセプションでは「オノ・ヨーコ」さんが存在を示しているのだが、「ジョン・レノン」との

再婚以降は、共同で行った活動はあるものの前衛芸術家としての存在は薄れてきたような印象すら

あるのだが、彼女の芸術とて難解なものだ。そこには「マルセル・デュシャン」なんて美術をかじった

人なら浮かぶ名前もある。その人の作品こそが「祖」なのらしいが、確立したのは1950年頃である。


これぞ「コンセプチュアル・アート」なのだが、基本理念は殆ど「禅」の世界である。そこに求められる

のは「思想上」の遊びだ。これは解りやすいエピソードだと思うが、J・レノンが彼女の個展で、ある

作品に出会う。それは壁に展示してある板に釘を打ち付けるものだったが、それには代金が必要と

言った彼女に対して「それでは払ったものと仮定して、想像上の釘を打ちましょう。」とレノンが言っ

たのだが、「存在しないものは、存在があるからこそ存在をする」まるで禅問答みたいな理念こそが

人間の深層心理を示す。それは「量子力学」をアートと結びつけたようなものだが、余程豊かな感性

がないと理解が出来ない。随分と理屈っぽい出会いだが、この一件ではレノンには英国人特有の

「ユーモア」が感じられて面白い。まるで落語のオチみたいなものだ。しかし「オノ・ヨーコ」の存在は

レノンや「ビートルズ」のファンからは煙たがられてしまった。彼女に対しての酷評も実際酷かった。


余談だが、英国のジョークも少し頭が閃かないと難しい。「モンティ・パイソンを見よ」なので芸術も

突き詰めると難しくなる。しかし「万人が理解出来なければ芸術とは言えない」と解らない者は言う。

万人が理解不足出来るもの、それ即ち商品である。商品には均一化したデザインが必要で、合理

性が優先される。慣例はひとつの型で「大衆性」が求められる。そこで商業デザインも芸術とする

意見もあるが、ジャンルが違う。それは規則性が「芸術」本来の「個性の発露」からは、本質も相対

するものだからだ。此処で岡本太郎氏の「芸術の三原則」を改めて見直してみよう。そこが本質だ。


「芸術の三原則」

@ 上手く在ってはならない。 A 綺麗で在ってはならない。 B 心地好く在ってならない。



以上の三点だが、芸術家は変わり者で丁度良い。「サルバトール・ダリ」みたいな極端な例もある

が、あれだけやって、ようやく完成だと思う。最近の芸術家には「普遍性」を脱したと言う事を完成

と勘違いして形式化してしている人も居るようだが、芸術家は創造主であって、製作者ではない。



コンセプチュアル・アート - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%97%E3%83%81%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88

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