自分の一生の終わりを初めと結びつける事の出来る人は最も幸福である。  社会・政治



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「自分の一生の終わりを初めと結びつける事の出来る人は最も幸福である」。これは、ドイツを代表する文豪で、

詩人としても知られるヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの名言だが、本当にそう感じる事が出来れば「幸せ

だろうな?」と思う。だからこそ、その為には積み重ねが大事なのだ。話は変わるが、最近は、テレビ(地上波)を

惰性で見る程度だ。つまり観たい番組がない。思えば、10年位前からそんな状態が続く。その理由も単純で、単

に面白くないのだ。然も地上波で取り上げるネタも在り来たりで、インパクトが足りない。それでは自然と遠退くの

も当たり前だ。この手の話は、このblogの定番でもある。 なので、カテゴリーに於ては「テレビ」を削除した。その

位残念な事になっているのだ。嘗ては各テレビ局には「御家芸」があった。 これも何度も、このblogでは取り上げ

てはいるが、今では何処のテレビ局も、すっかりと“レフト巻き”だ。 しかし局のイデオロギーと番組制作は別の

筈。だが今やイデオロギーこそがテレビ局の信条みたいな状態だ。だから視聴者は離れた。 勿論、視聴率も下

がったが、当たり前の結果だ。 視聴者には正直、局の「イデオロギー」なんてどうでもいいのだ。 なので現状は

「嫌われた」。と言っても過言ではあるまい。何事も「過ぎたるは猶及ばざるが如し」である。度重なる偏向報道や

情報の隠蔽が原因で、視聴者まで、テレビ局の内情がバレてしまった。それこそ「身から出た錆」である。そこで

こんな話題だ。論者はデーブ・スペクター氏である。氏は大変な知日家としても知られているが論点も独特だ。


氏は、そんなテレビ局のテレビドラマについて論じた。 要約すると「下手な役者に薄っぺらい脚本、ベタな演出、

そして、プロダクションへの忖度」等々と嘆く。 ちなみに氏は、こう断りを入れている。「僕は日本のテレビ番組全

てがダメと言ってる訳ではありません。 ニュース、バラエティ番組は世界的に見てもレベルが高いと感じていま

す」と。 しかし「只、ドラマだけは本当に酷過ぎる。20〜30年前と比べて進歩する処か、どんどんクオリティが下

がっている」。と、その衰退振りを嘆く。小生の意見と重なる面があるので続けるが、「特に問題なのは役者の演

技力。僕もテレビ業界で仕事をしてるから、“あんまり厳しい事は言えませんが……”。まぁ、演技のレベルはあら

ゆる先進国のなかでもぶっちぎりで最悪だと思いますね」。


と酷評をしてるのだ。そこで「僕は単に日本のドラマの悪口を言いたい訳ではありません。寧ろ、素晴らしい作品

を生み出す為に建設的な議論がしたい。それだけに、いつまで経っても、下手な役者を使い、海外ドラマに学ぼ

うとしないテレビ局のドラマ作りの姿勢には失望してるんです」と。そうは言うが感覚の違いはあるだろう。それこ

そ民族性なのだ。だが近年のテレビドラマを観て言えるのは、何となく「日本的」ではない事だ。そこに感じるのは

中華思想であり、儒教が何故か絡む。だから違和感を感じるのだ。その例として、数年前に話題になった、NHK

の大河ドラマ「平清盛」での朝廷の扱いが挙げられるだろう。そこではまるで韓国での日本の天皇家の表現であ

る「日王」に通じる「王家」としたのだから、制作者側の感覚も、相当ズレているとしか言えない。「では、日本のド

ラマが欧米に追いつくにはどうすればいいか」。とデーブ氏は説く。「それにはまず、役者を変えることです。無名

でも芝居の出来る俳優をキャスティングすれば間違いなくドラマの質は上がる。 然も、演技の下手な「大物」や

「アイドル」を外せば予算も浮きます。でも、それが出来ない訳です。 原因は、日本のドラマが“キャスティング先

行”で進められるから。テレビ局がドラマ制作で大事にしているのは、視聴者ではなく、芸能プロダクションとの関

係です。テレビ局の幹部がプロダクションに接待されて、「うちの子、頼みますよ」と言われたら断れない。加計学

園と同じで忖度なんですよ」と。 「それで「大抜擢」されるのは、演技力処か、一般常識もないカワイイだけのタレ

ント。「スターバックスのバイト面接でも落ちるようなね」。 結局、テレビ局がプロダクションの意向を汲んで「大抜

擢させた」だけの事。バラエティ番組と変わらない仕組み」。であると指摘する。全くその通りだ。 そこで氏は「日

本で誰よりもテレビを観ていないのはテレビ局関係者なんです。もちろん、海外ドラマを研究して、演出やカット割

りを学ぼうなんて考えもしない。ですから、日本のドラマの質を上げるには、まずテレビ局とプロダクションの癒着

を断ち切らないとダメ」だと。で、その対策として「テレビ局は2年間、ドラマの制作から手を引いて海外ドラマだけ

を流す。そして携帯電話の番号を変えてプロダクションとの縁を切る。更に、これまで接待されていた時間を使っ

て海外ドラマを本気で勉強する。そこまでしてくれるなら、僕はいくらでも応援します」。 と結んだのだが、此処で

ちゃっかりと自身がブローカーである内を明かす。 しかしその対策が「海外ドラマだけを流す」。では、一時期の

韓流と何等変わりないだろう。寧ろ現在のテレビ関係者は、まだ体制が崩れる(芸能事務所主体になる)前の旧

作を観てほしい。そして原典に戻り、役者が役を演じる当たり前の体制に戻してほしいのだ。更に各局の人員整

理が必要だ。それで「日本的な感覚」が戻れば、そのクオリティーも自然に回復するだろう。 と言うのも、娯楽に

政治的なイデオロギーが入ると、途端に胡散臭くなるからだ。そこが、一番の問題点である。最近は特に酷い。



日本のテレビは2年間ドラマ制作をやめよ――デーブ・スペクター
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170821-00529163-shincho-ent&p=1
徴用工「最終的に解決済み」 河野外相
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS22H1D_S7A820C1000000/



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此処から最近の河野太郎外相の仕事振りだが、やはりその父が、あの「河野談話」 の当人だけに、色々と注目

をされるのも仕方がないだろう。その太郎氏が、22日に日本経済新聞等のインタビューに応じたので、どんな政

治理念があるかを知るには良い機会だ。そこで早速、その記事に触れよう。韓国側の言い分では、日本統治時

代に朝鮮半島から動員された徴用工個人の請求権が、「まだ消滅をしていない」。と文大統領が認識を示したの

だが、その発言について河野外相は「最終的に解決済みで合意している」。と断言している。 なんだか父親の行

為を「踏み絵」にされている印象もあるのだが、今の処は外相としての体裁は取れているようだ。そこで従軍慰安

婦問題に関する日韓合意は「確実に履行してくださいと言う事に尽きる」。と語ったとの事。 その上で、日韓関係

の改善に向けては 「韓国の康京和外相とも意思疎通がしっかり出来る」。 と話したそうで、「どこかのタイミング

で」訪韓したい考えを示している。 更に「どこかのタイミングで中国に行きたい」。と訪中にも意欲を示したとの事

だ。これなら「もしや岸田前外相よりも使えるかも?」と思うが、まだまだ様子見の段階か? 尚、ロシアとの北方

領土問題に関しては 「既存のアプローチではないやり方を含め、色々考えられる事は考えていかないといけな

い」と積極的だ。そこで「お互い柔軟な考え方で出来ないか」。と訪ロの可能性にも言及している。 ちなみに安倍

晋三首相からは、外相就任に辺り、「発想力、突破力を持ってやって下さい」との指示があったと言う。河野外相

自身は、中東外交も重視している。それで「宗教的にも中立で、米国とフランクに話が出来る日本が果たす役割

は大きい」 と、今までの外相にはない、独特の見解を示している事は、 案外評価が出来るのではあるまいか?

中東における日本の役割を拡大させたい考えだ。取り敢えず、現段階では悪い印象がないが、特亜に関しては

、日本政府としての立場を崩していないので合格だ。思えばその当たり前の事が出来ない外相ばかりだった。

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