原爆投下と吉本興業  ブログ






パソコンのインターネットの接続が、NTTの都合で、引っ越し日に合わせられなかった事は残念で

はあるが仕方ない。なので後から手直しも出来ないので、このブログの文章の並び方もガタガタだ。

そんな時にガラケーで更新するネタは何故か芸能から入った方がやりやすい。本当は時事ネタも取り

上げたいが、ソース元が引っ張れないうちはあまり出したくはない。だからまだ積極的には出さない

方が良いだろう。暖かい日が続く。これぞ春である。桜を見るのも風情がある。ジンギスカンでも食

べたいものだ。北海道での花見は何故かジンギスカンなのだ。「花より団子」も土地それぞれである。


さて芸能だが、「8.6秒バズーカ」は相変わらず批判の対象である。北野武氏も彼等の事を批判してた

が「本来の漫才をやらずに宴会芸みたいな裏ネタを表に出してどうするの?」と疑問視をする程なので

単に批判だけではなく、心配をしているのはベテラン芸人ならではだろうか?確かに心配にはなる。

ネットでは彼等のネタの由来に触れているが、あの手のリズムネタは限界があると思う。原爆だろう

が反日だろうがである。しかしあのネタで炎上を狙ったのは確信だろう。あれこそ気のてらいを狙っ

たとしか言いようがないのだ。しかしあれは形式がウケてるだけで、内容がウケている訳ではない。

これぞ一発芸人の定義と言うべきか?しかしどうせ散るなら自粛せずに通して自爆をしても面白い。


それにしても吉本興業の芸人レベルも下がったものだ。林正之助社長時代とは大違いだ。だが革新的

な芸人も生んでいる興行会社だけに突飛な芸人も比較的出やすい環境もあるのかも知れない。古い話

で申し訳ないのだが、背広を着て日常の事をネタに掛け合う漫才は「エンタツ・アチャコが元祖だ。

近代漫才の源流は此処から来ている。所謂しゃべくり漫才だが、その最高傑作こそ「やすし・きよし」

なのだと思う。然も最終地点とさえ思う名コンビだ。だから後に続く漫才師がないのだ。吉本興業が

現在のようになった原因は何だろうか?私見で申し訳ないが、バブル期の木村社長時代の事業展開は

確かに同社の知名度を上げる事にはなったが、内容を薄める要因にもなっていないだろうか?色々と

疑問なのだ。元フジテレビ・プロデューサーの横澤氏のヘッドハンティングもそうだが、色々と拡張

をやり過ぎた感じがする。新喜劇も地元ならではの魅力さえ薄くなった。それがとても残念なのだ。


関西では松竹と張り合う程の老舗だが、大舞台の経験の多い松竹と比べるのは酷だろう。吉本興業は

小屋での興行が中心だ。だから伝統芸能と言うよりは庶民芸ばかりなのだ。だから時流に応じた芸能

への反応も早かった。そんな革新的な土壌があるのだ。それに対し松竹は「大阪俄」の伝統からの源流

があり、「藤山寛美」が生前、最後の継承者として評価が高かった。それもあり、敵わないと吉本新喜

劇がナンセンスな内容になったのは容易に察しがつく。それにしても現在の吉本興業の退廃振りは凄

まじい。度重なる訴訟騒ぎもそうだが、何となく感覚自体が狂っている感じがする。どうした事か?



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話は変わるが、ようやく本日電話回線が繋がる。それでインターネットの接続の用意も出来るのだ。

だが家の中はまだ後片付けの最中なので、仮の作業だけはしておこう。何とか今週中には、ブログの

更新リズムも元に戻せそうである。改めて揃える物もあるので尚更だ。今日も快晴だ。気分が良い。

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