勇将の本望  コラム



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「時を移さずに行うのが勇将の本望である。早く出立せよ」。この名言、仙台藩初代藩主である伊達政宗公のものだ。即ち「善は急げ」とか、そんな意味合いだ。今日は寒いが、日に日に春の足音を感じる。また幾度か荒れる事もあるだろうが確実に春が近づいている。その最中の新型コロナウィルス騒動だ。日本国内での感染拡大への懸念もあるが、それでも発生源の中国よりは雲泥の差がある。単純に衛生環境の差だが、手を洗ったり、うがいをする当たり前の事が感染拡大を知らず知らずの内に防いでいる。日本の場合は感染者の素性が明らかになるレベルだ。古いテレビコマーシャルでもないが「その差は大きいよ」だ。さて個人的な事だが、職場の人手不足は、別に売り上げに関係なく、単に人員が保てないだけの理由で結局は従業員に負担が掛かり、残業も月数回ある。それがキツイ。北海道の冬はそれでなくとも身体に負担が掛かるのだ。だから感染症には要注意だ。身体が弱っている時には掛かりやすいものだ。なので心配ではある。早く収束してほしいが、一番大気汚染やら衛生環境の悪い国に対して意見しなければならない筈の環境活動家のグレタ・トゥーンベリ嬢がだんまりを決め込む。所詮は活動家も金持ちの道楽である。

さて内輪の話で恐縮だが、昨年末に大腿骨を骨折した父は、手術後に一通りの治療を終え、今や歩行訓練のリハビリだ。(家に)戻って来るのも体力次第だが、そろそろ先も見えて来た。生活のリズムが戻るのも、もう少しかも?そんな最中だから趣味は重要だ。そろそろレコードやらDVDでもヤフオクで漁ろうとは思うが、最近は映像ばかりだ。元来は映像が本職なので(無意識に)回願している趣もある。矢鱈と映画は1970年代後半から80年代中期の作品を観ている。レコードは久々に78回転盤を聴いたらまたコレクションの続きをしたくなった。純邦楽も聴くので長唄の「道成寺」で、まだ聴いていない物でも探してみよう。六世 芳村伊十郎の喇叭吹込みの明治末から大正時代のレコードも良いものだ。そんな話の枕のままで終わらせても良い位だが、少しは時事にも触れてみよう。しかし相変わらずの芸能記事並の薄い内容のものしかないのは呆れたものだ。

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そこで特定野党の話題だが、圧倒的にネタになりやすいのは立憲民主党だ。その理由は簡単だ。パフォーマンスに過ぎるからだ。なんで「あんなに(狙って)目立とうとするのだろう?」と思う程だ。12日の衆議院の予算委員会だったか、立憲民主党の辻元清美議員が質疑の際に安倍総理への愚痴ばかりを溢し、結局はそればかりで終わった感もあるが、なかなか本題に移る様子がなかったので、思わず飛んだ総理からの野次で会議が中断をした報道をテレビ等の媒体で報じられたが、そもそも「本題なんて在ったのだろうか?」と思う程だ。その様子に対し、口を出さなければ終わるものの、同党の副代表兼参議院幹事長の蓮舫氏が自らのTwitterで13日に、こう意見した。「報道では時間の制約などがあり、質疑内容が切り取られるのは悔しいが仕方ないです。が、国会議員や評論家やコメンテーター等はどうか議事録を読んで欲しいと切に思います。限られた質疑時間で無駄に総理の嫌味な答弁全てに反応するより、持論説明を丁寧に行った上で質問する方が時間の有効活用」と。その上で「60分の質問時間で辻元さんは、安倍総理、安倍内閣において懸念される政策課題を論じました。もちろん、噛み合わない議論はありますが、その上で「鯛は頭から腐る」との比喩を使ったのです。そこだけが国会質疑ではない」と説いた。しかしそもそも政策論争をしている場面なんぞ、編集のない動画でも見た事はなく、NHKでの国会中継でも同様だ。現に国民にさえ政策を伝えていないではないか?適当な事を言うものではない。

記事関連Twitter
蓮舫・立憲民主党(りっけん) @renho_sha

https://twitter.com/renho_sha/status/1227871382106558464

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此処で一言だが、こんな感じで最近の立憲民主党は、各媒体の報道を否定するようになった。やはり体裁が悪いのだろうか?しかし反省をせずに人のせいにしているようにしか思えないのは気のせいか?更に言うと、今や御題目と化した『政権交代』だが、その為に何をすべきかを下野してからひとつも語ってはいない。「今まで何度、選挙があったの?」と聞きたい位だ。だが実際に選挙の度にしたのは批判処か「アベヤメロー」とか「自民党、感じ悪いよね(石破茂氏の発言の流用)」のプラカードやらの子どもがよくする「おまえのカーちゃん、デベソ」程度の頭の悪いネガキャンだ。「アベしね」も同様だ。だからそんな民主党系野党について語ると馬鹿馬鹿しくなる。本当に何故国民に対し『夢』を語れないのだろう?政策とは、国民に語る事が出来る「政党の夢」なのだ。それを共有し、現実に近づける努力を賛同した国民と共にすれば良いだけなのだ。しかし野党の選挙演説と言えば「反対」と「批判」ばかりだ。そこが痛い。なのに「『政権交代』をする」なんて言う。目的も語らない。そんな政党の支持率が上がる訳がないのだ。その繰り返しでの7年である。そろそろ邪魔になってきた。「存在価値がない」とは、正にこの事だ。政策も語らないので評価も無意味だ。

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