人間の生き甲斐  コラム



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「人間の生き甲斐は、その人が毎日行う行動の積み重ねである」。これはオーストリアの精神科医で心理学者でもあるヴィクトール・エミール・フランクル(Viktor Emil Frankl、1905年3月26日 - 1997年9月2日)の名言。著作も多い人だ。『夜と霧』なんて代表作がある。そこで小生の宗教観だが、その教えと言うのは「転ばぬ先の杖」だ。即ち困った時の知恵(知識)で、それが全てではない。御題目を唱えても気持ちが落ち着くのは当人だけで、要はおまじないのようなもの。つまり当人の生きざまがものを言う。人生の経験値(積み重ね)次第である。よく宗教に接して改心したなんて話も聞くが、それは『生きる為の知恵』を得たと言う事。早い話が「これをやっちゃあいけない」とか「こんな事は世の中の為になる」等の当たり前の常識を身につける為の教えなのだ。だから牧師になった極道なんて人も(割りと)居るが、それも然りだ。聖人とて積み重ねなのだ。そもそも小生、特別な事(人も然り)を「神格化」するのが嫌いなのだ。天才は生まれ持った才能。その才能が桁違いのレベルで凡人が成し得ない前人未到の人物なので絶賛される。解りやすいのが芸術家だ。画家然り、音楽家然りである。しかしそんな人には(不思議と)人格者は居ない。世の中は良く出来たものだ。「天は二物を与えず」とは佳く言ったものだ。

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さて「巷では?」だが『緊急事態宣言』が解除された北海道を尻目に東京都が"その必要"を生じた事で早速、発令の際に生じる都民の行動範囲や経済に於ける影響から懸念の声がテレビ報道で伝えられている。しかしながら本当に深刻な欧州(欧米)では知事や市長が罵声を飛ばしてまでも阻止を訴えている。御国柄の違いとは言え、日本人にはカルチャーショックを受けるだろう。それ程に日本の場合は被害が欧州までに被害が及ばない。衛生概念が桁違いに差があるのも"その要因"だが、水道の水が飲める日本では当たり前の事が他の国では珍しい。ウィルスなんてものは清潔な環境では拡がらないのだ。更には生活習慣の違いもある。欧州では、御出掛けのキッスだのハグは習慣でも日本にはそんなもん(習慣)はないのだ。この習慣の違いだけでもウィルスの感染率が変わる。理由は素人でも解るだろう。とは言え感染率が高くなる兆候が著しい場合は法律で抑え込まなければならず、だからこそ野党も色々なケースを想定した法案を提出し、最善の方法を考える必要があるのだが、反対ばかりで話にならない。

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そこで政府でも『緊急事態宣言』をしなければならないのだが、それが実は憲法に引っ掛かる。(つまり憲法違反だと言う事。)政府は10日午前にの『新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための新型インフルエンザ対策特別措置法改正案』を閣議決定をしたのだが、これはとても意味のある事だ。では「日本国憲法」の何処に引っ掛かるかと言うと、第11条「基本的人権」と第12条「自由及び権利」等がそれに辺る。その解釈では、第14条「すべて国民は、法の下に平等であって、差別されない」も辺りそうだが、これは解釈が分かれるだろう。『差別』の定義は広くもなり、狭くもなるのだ。だからわざわざ緊急事態条項には「この場合引っ掛からないんだよ」と閣議決定をした。それが憲法解釈なのだが、「桜」の次は「森友」で邪魔をしていた特定野党が、そこまで理解をしていたのならば筋は通る。北海道が「緊急事態宣言」をしたのは意義があるのだ。

特措法改正案を閣議決定、緊急事態宣言は「伝家の宝刀」…外出自粛要請など可能に
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20200310-OYT1T50144/amp/
平和を破壊する憲法九条二項 なぜかくも長く放置されたのか 埼玉大学名誉教授・長谷川三千子
https://www.sankei.com/column/amp/170420/clm1704200006-a.html

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ちなみに読売新聞によると「緊急事態宣言が出れば、該当する都道府県知事は、〈1〉不要不急の外出の自粛要請〈2〉学校、映画館や運動施設などの使用停止の要請・指示〈3〉臨時の医療施設を設置する必要がある場合に土地や建物を所有者の同意なしに使用〈4〉医薬品などの強制収用――などを行うことが可能になる」との事だ。皮肉な事だが、『日本国憲法』で唱える民主主義は、何故か国民の命を守れない。米国占領期に公布施行なれば、(意図的に)色々と考えられた裏があるが、もちろん理由がある。

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