自信と劣等感  独り言



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「自信と劣等感とは、矛盾したパワー、エネルギーです。しかし、この両方を一人の心の中にバランスよく持ち続けて行くと言う事は、漫画のみならず、作品を描く人間にとって、とても大切な事だと思うのです」。これは藤子・F・不二雄(1933年12月1日 - 1996年9月23日)こと藤本弘さんの名言だが、古くから漫画に馴染んだ世代だと、藤子・F・不二雄よりは『藤子不二雄』の方がピンとくる。袂を分けた理由は、それぞれの作品があるので著作権上の配慮だろうが、その配慮から共作時代の作品が絶版扱いのものもある。「藤子・A・不二雄」のブラックな作風と比べ、どちらかと言えば児童向けで健全な印象がある。A氏、F氏共に漫画家の手塚治虫氏からの影響が多大だ。もう「トキワ荘」の話をしても知らない世代も多いだろうが、現在なればこそ、その時代の漫画家の創作力の源を見つめ直す必要があるだろう。なんと言うか、漫画の為に漫画を描いたような印象の作品が多いのだ。つまり量産型の画風であり、物語もオリジナリティーが薄い。それは、小生が今時の漫画に興味がない理由のひとつでもある。嘗て手塚治虫氏は「トキワ荘」に住む若手漫画家達に「何でもいいから一流を知りなさい。映画でも文学でも音楽や芝居も全部そうだ」と。そこに知識がある。1950年代中期から、手塚氏はそう言ったのだ。戦後の日本は米国による占領政策(GHQ政策)の影響で物量主義による量産型の体制が形式化したが、それが芸術表現にも影響してきたのだ。それを皮肉ったのが、アンディ・ウォーホル氏の作品だが、『フルクサス』の影響を受けたオノ・ヨーコさん等が始めた芸術運動である「コンセプチュアルアート」もなんぼのもんじゃいだ。つまり何事にあっても流れの変化が求められなければならないのだ。なので芸術はともかくクリエイターは量産と創造には明確な線引きが必要なのだ。量産は創造なしに成立しない。そこが物事の要でもある。

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昨日も志村けんさんの追悼番組があった。冠番組の「志村動物園」内での事だが、主役が亡くなった悲しみはともかく、やはり志村けんさん自体が面白い。そこで改めて存在の大きさを知るのだが、その番組を継ぐのはレギュラーの相葉雅紀さんなだけに「なんだかなあ〜?」と思う。しかし所属の「ジャニーズ事務所」も元はと言えば『渡辺プロダクション』の系列会社だし、志村けんさんが所属していた「イザワオフィス」も、やはり渡辺プロから暖簾分けした芸能事務所だ。そんな繋がりでの交代だが、背景を理解しても番組が「ジャニーズ事務所に乗っ取られた」印象しかない。別に相葉雅紀さんが悪い訳でもないが、その印象も様々である。だが「ジャニーズ事務所」自体にもあまり良い印象がないのも事実で、過去に関わったジャンルは殆ど崩壊。今や消えたジャンルさえある程だ。そもそも専門分野を度外視して、全てジャニーズ事務所で占領し、その補助も関連の芸能事務所で賄うのだから、上手く行った時は良いが、そうではない場合は潰してしまう。最初は歌番組を潰し、次はテレビドラマ。そして到頭、映画までだ。何せ歌番組に至っては、ベストテン形式の場合、殆ど毎週、上位ランクを全てジャニーズ事務所のアイドルで占めてしまうのだからベストテン番組の意味もないのだ。だから今回の交代も賛否がある。

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