行き詰まらない人  コラム



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「僕は毎日が行き詰まりだ。毎日少しづつでも前に進んでいれば必ず行き詰まる。行き詰まらない人は座ってじっとしているのである」。これは経済団体連合会(経団連)第4代会長就任後に「ミスター合理化」の異名をを取った、土光敏夫(1896年(明治29年)9月15日 - 1988年(昭和63年)8月4日)氏の名言だ。エンジニアや実業家としても知られており、石川島重工業・石川島播磨重工業社長、東芝社長・会長を歴任している大人物である。ちなみに位階勲等は従二位勲一等(勲一等旭日桐花大綬章・勲一等旭日大綬章・勲一等瑞宝章)。更には岡山県名誉県民であり、岡山市名誉市民であった。肩書きが大人物の条件でもないが、たくさんあっても偉い訳でもない。だが土光さんの場合は実績があり、納得出来た。なので経団連会長は大いに期待されたものだが、批判もあった。何せ就任後の第一声が「従来は自民党への政治献金を経団連がとりまとる事を返上する」だ。そこで「政治オンチは困る」「政治資金集めをしたことないから、あんなキレイごとが言えるのだ」と批判されたが、当時の経済人は老獪で癖のある大物ばかりだ。おまけに田中内閣から三木内閣への転換期だ。金満政治家で溢れていた。そんな時代の経団連会長だ。大変だったと思う。しかし氏以降は見ての通りの有り様だ。そこで「経団連の意見は聞かない方が上手く行く」と言われるのも通例となった。さて土光さんの名言だが、そこが状況判断の難しさだろう。だが動かないと進まない。なので逆説的な物の見方だが、逆に動かなければ動きが解る。それこそ『風林火山』でもないが「山は動かぬ」との姿勢も時によりだ。そんなものだろう。

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此処で「巷では?」だが、ようやく地方にも「新型コロナウィルス」対策での政府肝煎りのマスクが届き始めたが、品質上の問題はまだクリアしていないようだ。こんな時に日本のメーカーが日本製品を作れない矛盾が、どれだけ重大な問題なのかが解る。バブル期に日本企業の中国進出が流行ったが、相手は中国共産党肝煎りの対日政策による「反日教育」で中国人の"深層心理に食い込む日本への恨み"だ。そんな工員が日本政府依頼のマスクを作っている。(何故か安倍総理、南北朝鮮にはキツイのだが、不思議と中国には甘いようだ。)そんな国に本工場を移転し、日本の国内雇用を台無しにしたのだから、その功罪は深刻だ。現在、趣味の範囲でカセットデッキ等の修理をしてるが、日本工場があった時代の物は揃って高品質だ。処がバブル期から急に品質がガタ落ちするのだ。特にビデオデッキは酷かった。その内部部品のコストダウンで耐久性が低下した。部品も加工しやすい樹脂だらけだ。製造を容易にする為だ。日本の工員がしていた作業が高度だった事から中国工場のレベルに合わせたのだ。しかしながらバブル崩壊後には撤退した企業があったものの、そこに置いてきた技術が今頃になって日本企業を凌駕する。海外企業の技術が育ったからだ。だが日本企業は太刀打ち出来ない。嘗ての技術を日本で再起出来ないからだ。バブル崩壊時には多くの技術者が合理化の為にクビを切られた。製造拠点も日本にはない。これこそ本末転倒だ。「安かろう悪かろう」でもないが、人件費には似合ったクオリティーはあるものだ。正に高級品の定義はそこにある。今や正社員になるのも難しい時代だ。況してやその正社員のクビを切りやすい労基法にもなっているのだから人材不足を助長するだけだ。何故、派遣法があるのかと振り返ってみれば、その辺のアンバランスさが解るだろう。結局、経済の話になった。日本人の雇用を守り、本来あるべき日本の労働者の在り方を考え、身のある経済を復活出来る政府が必要だ。

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話は変わるが、父が退院してからは、家の様子も様変わりした。大腿骨骨折治療後のリハビリの為に手すりを付けた。足腰の力がまだ戻らない為だ。しかしながら様子を見ていると、病院でのリハビリと比べ、寧ろ自宅の方が、やはりリラックスの度が違うのか回復のスピードが上がった感がある。「病は気から」とは佳く言ったものだが、それを目の当たりにしたかのようだ。回復を期待したい。

志らく氏、芸能人の検察庁法改正案“発言”に見解「とやかく言われるのはおかしい」
https://snjpn.net/archives/197063
カンニング竹山「#検察庁法改正案抗議」騒動は“危険”と思うワケ〈dot.〉
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200512-00000016-sasahi-pol
検察法改正案に抗議の著名人 成立見送りにノーリアクションも多く
https://www.daily.co.jp/gossip/2020/05/18/0013352711.shtml

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此処から本題だが、では芸能人の政治発言が批判される事について「何故、それが批判されるのか?」と疑問の声がある。噺家の立川志らくさんが、18日放送の自らMCを務めるTBS系「グッとラック!」で意見を述べていた。ENCOUNTの記事から要約すると、志らくさん曰く「芸能人は語るなというのなら、政治評論家しか語れないのかと。サラリーマンがもし語っていたら、同じ理屈から言えば、サラリーマンは語るな、会社行って働いていろということになるじゃないですか」と。何もそんな事は言ってはいない。芸能人の政治発言は、影響力があるので無責任な発言は避けてほしいのだ。初っぱなから論点がズレている。そこでイメージの問題にも触れているが、その通りだ。軽いものてはない。その上で「歌手に対して歌だけ歌っていろとか、落語家に対して落語だけやっておけと言われるが、落語だけやっていた結果ここにいるんですよ。ある日いきなりここにきたわけじゃない。政治のことだけ語るようになったらイメージは確かに。政治のことしか語らない、それはそれで私はいやだけど、いろんなことを語るのが芸人であり、芸能人であるのだから、それをとやかく言われるのはおかしい。ちゃんと納税しているんだしね」と語ったのだが違和感がある。論点はそこではない。

この前に取り上げたが、「AERA」の記事では、カンニング竹山氏がこんな事を言っていた。「影響力のある著名人たちがツイートすると、それが“世論”になってしまう。それはネット特有の危険なところでもあり、一方ではいい事なのかもしれない。しかし、「#」付けて反対を表明すれば、それで真実を理解してないまま「反政権」というムーブメントになってしまうかもしれない。簡単にそれができてしまうのは、ネットの特徴であり、そうなるとそれはそれでちょっと危険かなと」。つまりそこが本質。その為には内容の理解が必要だ。時折、芸能人が何処かの広告塔になってしまう事がある。中には上手くそれを利用しているタレントさんも居るだろうが、実は危険だ。志村けんさんが政治発言をしなかったのは、ちょっと考えると理解が出来るだろう。社会的な影響力があるからこそ、何事も理解をした上で発言しなければならないのだ。だから批判されるのは当たり前。一般人ではないのだ。「政治発言をするな」とは言ってはいない。だが結局は今回の騒動の種となった『国家公務員法改正案』は見送りになった。なのにあれだけ大勢の芸能人が反対をしていたのに、後にコメントがあったのは極少数である。これではまるで単なる動員要員だったのがバレバレではないか?

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